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第31号巻頭ページの続き

2025-07-21
「光熱の闇に逝く」(短編小説) written by Yoshi(会長)
 
青臭い草いきれが漂い、虫が鳴いている。噂とは違うな。明るいと聞いていたが暗闇だ。これから何が起こるのだろう。気がつけば木の幹によじ登っている。星明りで廻りを見ると幼馴染も次々に登って来ている。疲労困憊して、ようやく一息ついていると全身が、腹と言わず、胸と言わず膨満してくる。まるで水ぶくれたかのように。樹皮にしがみついて耐え続けると、衝撃が走って、背中が亀裂した。一気に楽になったような気がする。全身が瘡蓋(カサブタ)に覆われたような感覚だ。衣を剝ぐように、もぞもぞと這い出てじっとしていた。背中に濡れそぼった翅(はね)が星明りに光っているが分かる。地中に居た時とは明らかに違う感覚だ。幼馴染はどうしたかと見わたしてギョッとした。見たこともない不気味なものが目に入った。かろうじて面影を残しているから、誰とは分かるがなんとも異様な姿をしている。ということは自分も? 自分もあんな無様な風体になったのかと情けなくも悲しかった。
翅が徐々に乾いていく。翅脈(しみゃく)の間から透明の翅を通して高天の星が瞬いている。
雑然とした喧噪が充満してきた頃、周りが次第に明るくなってくる。自分の姿をはっきりと確認して戦慄した。暗闇で見えた幼馴染と同じように醜悪な姿に変わり果てている。
下の方を見ると出てきた穴に戻ろうとしてもがく仲間の姿も見える。穴の戻るには体が大きくなり過ぎた。懐かしい地中にはもう戻れない。また悲しみがこみ上げてきた。天国だった地中から追い出された…」と感じた。
強烈な光が漲ってくる。これが噂に聞いた光か。眼が眩む。さらに熱を帯びた日差しが容赦なく降り注いてくる。思わず葉陰に隠れて難を避けようとするが、熱気の上昇はとめどなく続いて全身を苛む。渇きを覚えて樹液を飲もうとした。うん?、飲めない。どうしたんだろうと、手で顔を撫でまわして愕然とした。なんと口がない。この先どうしろと言うんだ。飲まず食わずで過ごせと言うのか、なんと理不尽な。まさに地獄だ。姥捨山のような地上に放り出された僕たちは体力を消耗するばかりで補給することすら出来ない。仲間たちがひとりまたひとりと倒れていく。今思えば夢のような地中を懐かしんでいると、突然、あたりが薄暗くなったと感じた瞬間、荒々しい羽音と空気の揺らぎともに大きな黒い塊が接近したかと思うと、恐怖を感じる間もなく仲間のひとりが攫(さら)われた。あれが噂に聞いていた黒い悪魔か。あとから恐怖が襲ってきて、脚がすくんだ。
その頃には地上にあらゆる音が混然と湧きだし、絶えずざわめいている。静かな地中がたまらなく恋しい。
賢明な読者なら、その後のセミの運命をご存じでしょう。
このあと、彼は灼熱地獄の中で、飢餓と脱水に苛(さいな)まれながら婚活を果たした後、目の眩むような光の氾濫に幻惑されて民家の窓ガラスに激突した。真夏の呵責(かしゃく)ない日射に灼かれた路上に昏倒した後、しばらくは全身を痙攣させて呻いていた。薄れてゆく意識の中で、ゆりかごのように安らかだった地中の暮らしが、かすかに蘇った。そして静かに息を引き取った。
陽が傾いた頃、蝉しぐれの並木道を、若い母親がバギーを押して往き過ぎる。嬉々とはしゃぐ幼児を乗せたバギーの小さな車輪の下で、彼の骸(むくろ)が乾いた音を立てた。
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